読書・アイヌ神謡集

アイヌの天才少女・知里幸恵(ちり・ゆきえ)が残したアイヌの神謡集。アイヌ語と日本語が並列されているので、アイヌ語の音やリズムも知ることができる。日本語にもアイヌ語にも堪能で詩的素養も深かったため、宝石をちりばめたような美しい訳になっている。
この本は「序」が名文と言われている。*1 冒頭を読むだけで、幸恵の類まれなる才能を垣間見ることができる。

 其の昔此の廣い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天眞爛漫な稚兒の樣に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと樂しく生活してゐた彼等は、眞に自然の寵兒、何と云ふ幸福な人だちであつたでせう。 冬の陸には林野をおほふ深雪を蹴つて、天地を凍らす寒氣を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には凉風泳ぐみどりの波、白い鴎の歌を友に木の葉の樣な小舟を浮べてひねもす魚を漁り、花咲く春は軟かな陽の光を浴びて、永久に囀づる小鳥と共に歌ひ暮して蕗とり蓬摘み、紅葉の秋は野分に穗揃ふすゝきをわけて、宵まで鮭とる篝も消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、圓かな月に夢を結ぶ。嗚呼何といふ樂しい生活でせう。・・・

「銀の滴降る降るまわりに」が有名であるが、私は「トワトワト」がとても気に入っている。あるものを見たら実はこうだったという形で、実に軽妙に話が進む。神謡が持つ独特の繰り返しから、リズムも躍動感も生まれる。神様である狐が石原、木原を駆け巡る時の表現、「石の中ちゃらちゃら 木片の中ちゃらちゃら」が、何とも可愛らしい。足取り軽く走り回る様が目に浮かぶようだ。このような音の選び方を見ても、単なる訳ではないことが分かる。
こちらのページで全文を読むことができる。ただし、文庫であれば実弟知里真志保による神謡の解説を読むことができる。北海道に旅行に行く時は、この本を小脇に抱えていこうと思う。

アイヌ神謡集 (岩波文庫)

アイヌ神謡集 (岩波文庫)

*1:岩波文庫の現行版は現代仮名遣いである。