善知鳥神社

善知鳥神社

善知鳥(うとう)神社は青森発祥の歴史を今に伝える神社。青森市の中心部に静かに鎮座している。青森市は古くは善知鳥村と呼ばれる小さな漁村であった。この地がウトウと呼ばれた由来はいくつかの説があるが、アイヌ語で「沼のある場所」を意味するという説もある。

善知鳥神社の由緒。第19代允恭天皇の時代、善知鳥中納言安方なる人物がこの地を治めた際に、天照大御神の子の三女神を神願霊現あらたかな神々として祭ったことに由来する。また、坂上田村麻呂の東北遠征の大同2年(807年)に再建されたという。今年は807年の再建より丁度1200年ということで、「正遷座1200年祭」が執り行われる。

善知鳥(うとう)は、チドリ目ウミスズメ科、中型の海鳥。上面および翼は灰黒色、クチバシは濃いオレンジ色で1cmほどの突起がある。北海道の天売島が繁殖地として有名。巣穴を作り生活をする。反芻ができないため、雛に与えるための小魚をすべて束にして口にくわえる。このような様子を見てか、親子の情愛が深い鳥として多くの伝承を持ち、謡曲や和歌の題材に選ばれてきた。

善知鳥神社がある辺りの地名を安方(やすかた)と言う。昔は安潟と呼ばれ、荒川、入内川が流れ込み、周囲5〜6里(20〜24km)、浪館、金浜、浜館等の集落に達する湖沼であった。この潟に入る舟はいかなる暴風雨でも絶対に安全であったため、善知鳥神社と共に漁師に敬われた。室町時代の15世紀になると、横内城主の堤氏が外敵を防ぐため、荒川の流れを変えて堤川に流した。すると次第に安潟は干上がり始め、最終的には干拓されることになった。

平安時代の京においては、陸奥、奥羽は遥か彼方の異国の地、現在風に言えば異国情緒を感じる地だったようで、山城、大和に次いで歌に詠まれたと言います。先日紹介した「つぼのいしぶみ」も、今日紹介した「善知鳥」「安潟(安方)」も多くの歌人により詠まれていたのです。
 
みちのくの外の浜なる呼子鳥 鳴くなる声は善知鳥安方  藤原定家

子を思ふ涙の雨の笠の上に かかるもわびし安方の鳥  西行法師

子を思ふ涙の雨の血にふれば はかなきものは善知鳥安方  藻塩草
 
善知鳥神社
青森県青森市安方2-7-18
017-722-4843

参考:「蝦夷・陸奥・歌枕」http://www7.plala.or.jp/t-aterui/aomori/a-utoujinnjya.htm