初恋の日

bluesapphire2011-10-30

初恋 島崎藤村
 
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
 
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
 
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな
 
林檎畠の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこいしけれ
 

結い上げたばかりのあなたの前髪が林檎の樹の下に見えた。
その前髪に挿した櫛の花模様のように、貴方の姿は美しかった。
 
優しく白い手を伸ばし、貴方が林檎を一つくれる。
秋の実りの象徴のようなその薄紅の林檎は、貴方に恋をした最初の記憶となった。
 
思わず漏れた私の吐息が、貴方の髪の毛にかかる。
盃に酒を注ぐように貴方の清らかな優しさを恋の喜びに満ちて、受けとめよう。
 
「林檎畑の樹の下に自然にできたこの細道は、いったい誰が通ってできたものなの」と、(それは私たちのせいであることを)知っていて敢えて訊ねる貴方のなんと恋しいことよ。
 
10月30日は「初恋の日」。
島崎藤村ゆかりの宿である長野県小諸市中棚荘が制定。1896(明治29)年のこの日、島崎藤村が『文學界』46号に『こひぐさ』の一編として初恋の詩を発表した。毎年、初恋をテーマとした「初恋はがき大賞」等のイベントを行っている。
 
青森県に来て初めてリンゴの木にリンゴがなるのを見ました。藤村が言う「薄紅の秋の実」そのものでした。初恋に頬を染めるような薄紅色。藤村は林檎畑のロマンチックな雰囲気をよく知っていたのですね。